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2012年3月29日 22時51分

アーカイブス活動を振り返り・臺

臺 みずき             

私はまるごとアーカイブプロジェクトで1年間活動をしてきました。

東日本大震災が起きたときは、自宅に妹といました。1446分に大きな地震が起き、近くにいた祖父、祖母と父が帰ってきて「津波が来るから逃げるぞ。」と言われ、防寒着と最低限の物だけをもって逃げました。家から避難所に向かっている途中で海を見ると、もう引き潮が始まっていました。避難所に着いて少しすると第1波が到達していました。第2波の時には完全に自宅にも津波が入り、全壊になりました。その光景をずっと見ていましたが、何が起きているのか分からないし、とても怖かったです。

避難所には地域の人が避難してくるので、毛布を出したり炊き出しを手伝ったりしました。ご飯は無事だった家の方からお米などを持ち寄ってもらい人数分のおにぎりを握りました。夜は余震が頻繁によるので、怖くてまったく寝れませんでしたし友達や母の無事も分からなかったので、毎日不安でいっぱいでした。母が無事で会えたのは3日後くらいでした。

携帯があるのに連絡が取れない、電気・ガス・水が使えないとこんなにも不便なものなんだなと感じました。携帯・電気が1か月くらいで復旧した時には、家族みんなで喜びました。

しかし、私が就職内定をもらっていた会社は陸前高田市だったので、会社は被災してしまい全壊となってしまい内定取り消しの通知をもらいました。初出勤まで1週間前だったのでとてもショックを受けました。新しい仕事を探していた時に、高校の担任だった先生から連絡が入り1年間の雇用ではあるが、復興アーカイブの仕事をしてみないかと紹介を受け、地元復興に関わることが出来るならと思い長坂さんと面接をしました。後日採用通知をいただき、アーカイブプロジェクトで活動をさせていただくことになりました。

1年間活動してきた中で、たくさんの人と関わる機会がありました。そこで学んだこともありますし、経験できたことがたくさんあります。

まず、自分たちが初めてインタビューをした方が「株式会社八木澤商店」の河野和義会長さんでした。八木澤商店さんでは主な商品として、醤油、味噌、漬物があり醤油は添加物を一切使用しないものを製造して、販売しています。会長さんは地域の催し物やお祭りなどにも積極的に先頭に立って盛り上げています。陸前高田市民のみなさんにとって河野さんは高田の顔なんだなと思いました。

河野さんは今回の震災で被災に会いましたが商品を販売し、その売上金を義捐金にあてる活動をし、それだけでなく少しでもお金を出して買ってもらうことで、タダという感覚に慣れさせないようにという事でこの先の消費者の消費活動を正常化させるというねらいもありました。その話を聞いて確かに日本全国、世界から支援してくださっているけどそれに慣れたらダメだなと思いましたし、当たり前になる前に認識させないといけないなと思いましたが、無償で提供してくださる方々と少しでもお金を出して認識させたいという考えが難しいなと感じました。

EXILEのメンバーさんが蛸の浦小学校にダンスを教えに来て下さったことも印象に残っています。蛸の浦小学校は私の母校でもあるので、嬉しかったです。今は赤崎小学校の児童さんも共同で通学しているので、2校一緒にEXILEのメンバーの方々に教えてもらって、楽しそうにダンスをしている姿を見てみんな笑顔でしたし、見に来ていた保護者のみなさんも嬉しそうにしていて、震災後にたくさんの笑顔を見ることが出来て良かったなと思いました。子どもたちもいい思い出になったんじゃないかなと思います。

8月には「LIGHT UP NIPPON」というタイトルで花火大会のイベントもありました。東日本を襲った未曾有の地震と津波に被災されたひとりひとりが、ふたたび明日へと歩みはじめるきっかけをつくりたい、生きること、生き続けることの先には、必ず希望や喜びがあることを改めて感じていただける機会をつくりたいという思いから花火大会を開催することにしたそうです。本来花火が持っていた「追悼」と「復興」の意味を込めて被災したひとつひとつの町が、自らの力で花火を打ち上げることで東北を、日本を、明るく元気にしたいという事で企画したという話を聞いて、毎年大船渡市の花火大会を楽しみにしていたのですが、今回の震災で開催できなくなって残念だなと思っていた時に、三陸町の越喜来で花火を打ち上げると聞いて、花火を打ち上げる時間にはたくさんの人が見に来ていましたし、露店もたくさん出ていてたくさんの人で賑わっていました。震災後、外にあまり出る機会も少なっていたりしたので良かったんじゃないかなと思いました。

大船渡市立日頃市中学校でワークショップの開催もありました。第1回目は8月2日から4日まで、第2回目は8月9日から11日までの3日間で行われました。東京工業大学の学生さんも参加してタブレットの使い方やグループごとにどういうテーマで短編映画を作成するか決めて制作をしました。第1回目のシニアの方々の時には街の様子や震災関係、洞窟など観光の場所についてのテーマが多かったです。第2回目では、中学生の対象でした。2回目では被災地についてではなく、大船渡市の観光関係ついてのテーマでした。どちらも最初はタブレットの使い方に慣れず苦戦していました。撮影に入るころには慣れてみなさん楽しんでいました。動画にナレーションも入れるくらいにまでなっている方もいました。写真や動画を使って短編映画を製作して被災状況だけじゃなく、被災地ではあるけれど観光場所やいいところがたくさんあるという事を伝えることができたかなと思いますし、参加された方も楽しんでいたので良かったです。

復興アーカイブプロジェクトの活動をしてきて、一番印象に残っているのは思い出の品関係です。最初はボランティアのみなさんと陸前高田市内に集めてあるところから、写真、アルバム、物を回収することから始まりました。陸前高田市は被害が大きかったところでもあるので、最初は辛いと思うときもありました。でもボランティアで「オールハンズ」のみなさんが来てくださって、整理、洗浄を一生懸命してくださいました。オールハンズの方にインタビューもしました。活動をしていて感じることは?と聞くと、「助けれて嬉しい」「大変なこと、悲しいことを見ているから悲しいけど、地元の人と一緒に協力出来て嬉しい。」などと言っていて、私たちも一緒に作業をしたのですが毎日毎日頑張っていて、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。アルバムの洗浄も乾かして1枚1枚ていねいにはがして洗浄をしてくださいましたし、アルバムごとにどのアルバムか分かるようにしてくださいました。私たちはオールハンズさんやボランティアの方が綺麗にしてくださった写真を伝承館で返却会もしました。返却会には市内の方だけではなく、遠くから来て下さった方もいて自分の物を見つけるととても喜んでくださいましたし、自分たちも嬉しかったです。

1年間復興アーカイブに関わってきましたが、自分たちでもホームページを立ち上げて大船渡市、陸前高田市を中心に街の様子や復興状況、イベントなどを記事にしてきました。自分たちのホームページをいろんな方に見ていただけていればいいなと思います。また、街のいろんなところに復興杭を立てていただき、一般の方でも利用したいという方も少しではありますが、訪ねてきているのでアーカイブとして良かったかなと思います。震災前の大船渡市や陸前高田市の街の様子を模型などで再現するのもいいかなと個人的ですが、思いました。

今回の東日本大震災が起きたことを忘れずに、またいつどこで起きるか分からないので、残していかなきゃいけないですし、伝えていくことも大事だと思います。私自身もですが、1年経つ今でも映像などをテレビの特集などで放送されると、まだいろいろと思ってしまうこともあるのでそのあたりが難しかったりしますが、みんな一歩一歩前に進んでいると思いますし、地元の人間として若者がこれから頑張っていきたいと思います。また、この仕事でたくさんの方と関わることができ、学んだこともたくさんあります。イベントにもたくさん参加させていただきました。今までの経験を今後何かで活かせれたらいいかなと思います。



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