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2011年9月22日 16時24分

このサイトでは、岩手県大船渡市内各地で津波に遭遇し、避難された方々にインタビューを行った中から、未来の被災者に向けて残したいメッセージとしていただいたものを紹介しています。プライバシー保護のため、個人名は伏せ、地区名、年代・性別、職種までの公開となっています。なお、声のメッセージのある方は、アイコンをクリックすると再生されます。

お読みになられた方から、感想をお寄せいただければ幸いです。

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被災者からのメッセージ
2011年10月02日 14時12分

早く逃げる(赤崎町鳥沢、70代男性、漁業)

大きな地震があったら、高いところに上がること。
早く逃げること。

2011年10月02日 14時10分

軽く考えないで(赤崎町鳥沢、70代女性、無職)

地震の大小に関わらず、
軽く考えないで、自分の判断で逃げる。

協力して生活していくことが大事。

2011年10月02日 14時06分

早く避難することが大事(赤崎町鳥沢、60代女性、無職)

早く避難することが大事。
避難時に持ち出すものを用意しておく。

常に避難することを頭に入れておくこと。


2011年10月02日 14時03分

自分の命を大切にすること(赤崎町鳥沢、70代男性、無職)

まず高いところに逃げること。
自分の命を大切にすることを常に頭に入れておく。

2011年10月02日 14時00分

自分の身を守る(赤崎町鳥沢、60代女性、無職)

地震があったら、一人一人自分の身を守る。
高いところに逃げること。

2011年10月02日 13時58分

自分の判断で逃げること(赤崎町鳥沢、60代男性、無職)

自分の命を守るのが大事。
避難勧告の有無によらず、
自分の判断で逃げること。

車に頼らず、自力で逃げる。
一旦避難したら、戻らない。


2011年10月02日 12時43分

高いところに逃げろ(末崎町大浜、70代男性、自営業)

地震や津波がきたら、とにかく高いところに逃げろ。

2011年10月02日 12時41分

自分の生活が精一杯(末崎町泊里、60代女性、自営業)

(後世に伝えたいメッセージ)そんなの考えていない。
自分の生活が精一杯。
国市町村の方針も決まらない中、
私たちは今、仮設住宅にいるけど、
将来、住むところはどこだろう?

2011年10月02日 12時37分

孫に話しておく(末崎町西舘、80代男性、元船員)

千年に一度の、こういう津波が来ない高台に宅地を造るように、
孫に話しておく。
津波が来ないということはない。
今回はリフォームして住むけど、
孫にはそのように心がけておくように話す。

2011年10月02日 12時20分

この現実を見てほしい(末崎町中森、50代男性、自営業)

今の体験、この現実を見てほしい。

多くのボランティアの方たちを案内している。
現実を見ていただければ、間違いなく逃げ方を教えられるはず。

皆さんに言っている
「これは人災だ(8割は人災だ)」

30分。早いところで20分。
ゆっくりでしか歩けない人でも、生きるつもりなら間に合う。
皆、逃げれた。

自分の娘も逃げる途中で、弱い方々を4~5人手を貸した。
動けない人に引っ張られ波にのまれた。

2011年10月02日 12時10分

高台へ逃げろ(末崎町泊里、70代男性、商業・漁業)

先ず地震がおきたら逃げる。
高台へ逃げろ!

2011年10月02日 12時08分

早く逃げる、とにかく逃げる(末崎町泊里、80代女性、無職)

地震がきたら早く高台に。
早く逃げる。とにかく逃げる。

2011年10月02日 12時05分

持ち物は何も無くていい(末崎町大田、60代女性、無職)

やはり、大きな地震がおきて、津波がきそうなら、
先ず、避難すること。経験者として一番。

少し余裕があれば、今の時代、足(車など)がないと、どこにも行けない。
「車での避難はしないで」と言われるが、
早い時期なら、車での避難も出来る。

持ち物は、何も無くていい。
警察署や銀行が後々対応してくれる。
薬も2日目には対処してくれた。
早く逃げたのはいいけど、祖父は薬を取りに戻ってやられた。

心配も一時だ。本当に大変なのは2日間。
全部が被災したのではない、安全なところに逃げて。

2011年10月02日 11時44分

「津波てんでんこ」って本当だ(末崎町大田、70代女性、無職)

高台へ逃げる。
「津波てんでんこ」って本当だ。
一度逃げたら、戻らないこと。

2011年10月02日 11時42分

地震がおさまって・・・(末崎町大田、50代女性、無職)

とにかく避難だ!
地震がおさまると、どうしても家に戻りたい。
しかし、家に戻って散乱した家財を片付けていた方が流された。

2011年10月02日 11時38分

避難経路を熟知しておく(末崎町神坂、70代男性、元船員)

あの地震でも建物は大丈夫だった、
津波の来ないところへの避難。
避難経路を熟知しておくこと。


2011年10月02日 11時34分

自分なりに高いところを見つけておく(日頃市町関谷、60代女性、元公務員)

油断しないで、高台へ早く逃げる。
津波を浴びない高いところに道路があれば、
車ではなく、徒歩で逃げること。
現金や薬を取りに戻らない。
役所では高台に避難場所を指定すること。
それでも、自分なりに高いところを見つけておく。
家族でも話し合う。
「津波てんでんこ」なのだ。

防災無線放送について
内容がわからなかった。緊迫性も無く、車のラジオから情報を得た。

一度避難したら、戻らないこと。
体が大事です。

2011年10月02日 11時25分

二度と自分達のような思いをしてほしくない(大船渡町新田、60代女性、元会社員)

二度と自分達のような思いをしてほしくない。
孫達に言っていることは、
(海から)遠いところより、常に高いところへ逃げる。

2011年10月02日 11時21分

備えておく(大船渡町地の森、60代男性、元会社役員)

地震がおきたら逃げる。
備えておくこと。
通帳・印鑑・保険証を用意していた。
やはり、高台へ津波が来ないところ逃げる。


2011年10月02日 11時15分

すぐ逃げる(大船渡町台、50代男性、無職)

地震がきたら、すぐ逃げる。

2011年10月02日 11時10分

避難する時の呼びかけ(大船渡町笹崎、60代女性、無職)

避難する時の呼びかけを。
常に防災意識をもつ。

2011年10月02日 11時09分

まさか?ここまで(大船渡町下平、70代女性、無職)

「まさか?ここまで」と思う気持ちがあって、
家に戻って鍵をかけてきた。
海が見えるところだった。

2011年10月02日 11時06分

すぐ高台へ(大船渡町新田、30代男性、無職)

地震がきたら、すぐ高台へ!

2011年10月02日 11時05分

この震災を忘れないように(赤崎町沖井、60代女性、主婦)

地震がきたら高台へ逃げる。
常に防災用品を備えておく。

この震災を忘れなように、伝えていってほしい。

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311まるごとアーカイブス 趣意書
 3月11日に発生した東日本大震災は、多くの人命を奪い、地域社会に壊滅的な被害を与えました。この経験や教訓を人類共通の資産として千年先の後世に伝承し、安全な社会を構築することが現世代の責任です。
 そこで、被災地の失われた「過去」の記憶をデジタルで再生し、被災した「現在」と復興に向けた「未来」の映像や資料をデジタルで記録しまるごとアーカイブすることを目的として、「東日本大震災・災害復興まるごとデジタルアーカイブス」(プロジェクト略称:311まるごとアーカイブス)を発足しました。
 詳細は趣意書(PDF)と、「311まるごとアーカイブスとは」をご覧ください。
 
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