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2012年3月29日 21時05分

アーカイブス活動を振り返り・遠野

遠野

この1年、私たちKOMは復興アーカイブ活動をしてきました。その約1年間の中で、たくさんの東日本から西日本まで被災地に支援をしにきてくださっている方々、被災地で、地元復興に向けて動いている方々に出会いました。

私たちの活動の中に、復興へ向けて動いているお店の方々へのインタビューがあります。私がその中で特に深く印象に残っているの が、震災前は陸前高田にお店を構えていた八木澤商店の代表取締役会長 河野和義さんです。河野さんは元八代目社長、現在は会長を務めています。一本気で職 人気質な印象を受ける河野さんですが、特に私の興味を引き付けたのが、河野さんの復興・再建のビジョンに関する話です。気仙杉を使い気仙大工がつくる公営 住宅の建設・低地に商業施設・運動公園や菜の花畑・海岸沿いに風力発電施設・防災大学や研究施設の設立・同じような被災状況の市町村で町作りコンテストを 行い、世界各国の人々を招待して審査員を務めてもらうこと。夢を語っているかもしれませんが、現実を見て、具体的な道筋を考えています。話を聞きながら、 新しく築きあげていく陸前高田を想像しながら夢中になって話を聞いていました。河野さんは「アイディアがなければ町は復興しない」と断言していました。そ の言葉がとても強く胸に残っています。この約1年間でたくさんの方々にインタビューしてきましたが、1人1人がそれぞれどのようなお店にしていきたいか、 どのような町にしていきたいか、未来へのビジョンがありました。インタビューをするたびに、みなさんの話を聞いて、地元の若者である私たちが頑張らなけれ ば、と背中をおされる気持ちにもなります。また、インタビューをしていて前向きな意見だけではありませんでした。中には、「仮設の店舗なので仮設店舗で営 業できる期間が終わったあとが不安で、今の仮設での営業に集中できない。」という意見があるのも事実でした。インタビューをしていて、前向きな思いの中に もたくさんの不安があることも知りました。だからといって私たちが解決できる立場ではありませんが、地元で同じような被災を経験した身として、色んな意見 や心境をお聞きすることができるのが私たちの強みです。インタビューで聞かせていただいた話をうまく文章にまとめ、できるだけ忠実に文字におこすことはと ても難しいことでしたが、地元出身である私たちだからこそできることだったのだと思います。

このアーカイブ活動のスタッフとして活動するようになってから最初の1・2カ月は、高田市内の思い出の品回収と洗浄作業を行っ ていました。高田市内に入り、自衛隊の方々が瓦礫の中から回収してくれたたくさんの思い出の品を各ポイントから回収し、広田町のモビリアキャンプ場で、乾 かしてから、泥をふき取っていく作業です。実際に被災した自分の町を走りながら思い出の品を回収していくのですが、町の中で、花が置かれているところを見 たり、廃墟となってしまった建物を見るたびに、なんとも言えない気持ちになったのを今でも覚えています。たくさんのランドセルや写真、賞状、カバンなどを 拭きながら、

今、この持ち主は生きているのか、この思い出の品が持ち主に返ったとき、どんな表情をするのか、たくさんの複雑な思いを持ちな がら作業を行っていました。私自身も家が被災しているので、たくさんの思い出の品がありません。特に、写真というものはものすごく大切なものだと震災が あってから痛感したので、特に写真は丁寧に1枚1枚作業を行わせてもらいました。長期間に渡ってモビリアでALL HANDSさんやRICOHさんの方々がボランティアで思い出の品洗浄に来て下さっていたので、ALL HANDSさんやRICOHさんにインタ ビューをさせてもらう機会をいただきました。みなさんが声をそろえていうことは、「被災地のために何かをしたくて来た」ということ。純粋に私たちのために 何か行動しなければならないというその思いだけで来て下さったことに対して、とても嬉しく暖かい気持ちになりました。これからは自分が直接できるわけでは ありませんが、最後の1つまで思い出の品返却作業は続いてほしいと思っています。

私たちKOMのメンバーは、復 興イベントが開催されると、会場へ行き写真撮影をして、ブログの記事として更新するという活動もしてきました。色んなイベント情報を収集し、ブログで紹介 してから写真撮影というかたちなのですが、コンサートや花火大会・炊き出しなど、今までたくさんのイベントに参加してきました。去年の8月には七夕のイベ ントがあり、私は1人で高田町の動く七夕と気仙町のけんか七夕に取材として参加してきました。高田町のうごく七夕は昔から駅前の商店街で行われてきたので すが、今年は震災のため高田小学校で行われたのにも関わらず、たくさんの市民でいっぱいでした。たくさんの屋台が並んでいて、ほとんどのお店が県外から来 て下さった方々で、無料で配られていました。気仙町のけんか七夕は、今年は山車が1台しか残らなかったため綱引きのかたちで行われましたが、私も1人の気 仙町民として参加してきました。仕事としてイベントに参加しなければならないのですが、やはり地元の人間としていつの間にか一般のお客様として一緒になっ て楽しんでしまうことがよくありました。この仕事のおかげでたくさんのイベントに参加させていただきましたが、イベントに参加するたびに改めて地元の良さ を感じます。特に七夕と言うのは陸前高田市民の夏には欠かせない伝統行事です。いつまでも、伝統がとだえることのないようにと願いながら、地元のみなさん の姿にカメラを向けてきました。

長期間に渡り、小友町伝承館で思い出の品返却会も行ってきました。自分たちの写真を見つけて、とても嬉しそうな顔で帰っていく 方を見ると、とても嬉しい気持ちになります。団体写真で自分が写っているのを見つけて、「これを持ち帰りたい」と言う方がたくさんいましたが、本当の写真 の持ち主が誰かはわからないので、直接写真をその場でお渡しすることは出来ませんでした。復元してから写真を届けさせていただくということで連絡先を教え ていただいた方がたくさんいるので、ご本人に写真がちゃんと届けられたのかとても不安です。思い出の返却に関しては必要としている人がいる限り、継続して ほしいと思っています。

去年の10月8日には、遠野市シンポジウムにも私たちKOMメンバーも参加さ せていただきました。私たちも写真や動画を撮影しながら、1人ひとり取り組みの状況や今後の意気込みを発言させていただきました。ここでは「311まるご とアーカイブス」の活動の目的と概要・パネルディスカッションデータの収集・活用をめぐる課題とアイディア・震災体験をどのようにして世界に発信していく か議論されました。このシンポジウムでは、東北大学教授・東洋大学教授・ヤフー株式会社さん・ハーバード大学教授・東京大学教授などの方々が参加され、改 めて今回の震災の規模の大きさを感じました。それと同時に、この震災への復興・後世へこの体験を伝えること・今回の震災を今後に活かしていくために、世界 規模の方々が動いているんだということを知りました。また、311アーカイブのために実際に震災を体験した私たちの被災経験がとても貴重になってくるとい うこと、その体験をどうすれば今後に居きるのか、それの体験をどのようにして日本中・世界中に発信していくのかを考えされたシンポジウムとなりました。

12月には、私たちの事務所が大船渡夢商店街の復興地図センターに移動となりました。移動してからすぐは、三陸地方の商業復興 をするために創設された「さんりくや」のホームページ作りを行っていました。地域の良い品や地域オリジナル商品、復興支援商材等、インターネットを通じて 広く紹介するものです。その活動の中で、自分たちの町の良い場所・特産品・新たに商品販売につなげそうなものなど、たくさん発見することができました。例 えば、大船渡にはたくさんの貝塚があります。その中にもものすごく昔のとても貴重な貝塚もあるそうです。これももっと名前を出していけば観光客も増えるは ずです。また陸前高田にも、干し柿という関東ではとても貴重な食べ物だったり、ヤーコンというとてもダイエットには効果的な野菜など、まだまだ探せば良い ものが出てきます。無理に商品化にしたり名前を売ったりしてほしいとは言いませんが、このホームページを見たことによって観光にきてくださる方々が増えた り、商品化してみようかなと考えたりする方々の後押しになればいいなとおもいます。

2月には増田さんと共に私たちKOMメンバーはつくば 研修へ行ってきました。つくば市の防災訓練に参加し、気仙地区の特産物の販売も行いました。その防災訓練で、つくば市の防災に対する意識の高さに驚きまし た。日曜日にも関わらず、たくさんの家族連れ・夫婦・親子が集まっていてとても感心しました。私の地区では震災がおきた3月11日の2日前にも、津波の避 難訓練が早朝にありましたが、私は参加しませんでした。今回のつくば市の防災訓練を見て、自分たちの町ももっと防災の意識を高めなければならないと強く感 じました。そうすれば、今回の震災で助かった命がもっとあったはずです。とても刺激を受けたつくば研修となりました。

この約1年、私たち4人は復興アーカイブス活動をしてきましたが、ぜひ継続してほしいと思っています。地元の人間だからこそ聞 ける話や、とれる写真もたくさんあります。震災から1年たちましたが、まだまだたくさんの課題が残っています。大切な人・身内・家を失くしたことは本当に 大きいです。私の身近にもまだ、涙を流している人がたくさんいることも事実です。今、被災地にあるリアルな声を残していくことも防災につながることです。 それをできるのも、やはり地元にいる人間なのだと思います。4月からは私は新しい土地で新しい仕事となりますが、これからも自分にできることは動いていく つもりです。陸前高田にまた、みんなの笑顔が戻りますように。



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